作家さんをたずねて 株式会社マツ勘 代表取締役 松本啓典さん
地域の人たちと地場産業を守りながら、企業として「100年先に何を残していくか」という思想を大切にしたい。
業界に新しい風を打ち出していく そんな父を尊敬していた
全国で8割以上のシェアを誇る福井県小浜市で、箸の企画・製造業を営み、2022年で創業100年を迎える老舗『株式会社マツ勘』の四代目・松本啓典さん。中学時代、中距離で全国1位になり高校・大学と陸上に打ち込みます。大学卒業後も陸上を続け、アスリートとしてオリンピック候補にまで名が上がっていましたが、家業を継ぐ決意をし、24歳の時帰福しました。
「他での修行も考えましたが、もしかしたらそこでの成功体験があることで、地元を知らずに画一的に実施してしまうかもしれないと思いました。それなら、どこにも染まっていないからこそできることもあると、迷わず福井に戻りました」
その頃、松本社長の父でもある先代社長(現会長)は、まだどこも取り組んでいなかった自社の独自商品企画やブランディングを先駆けて行い、既存業態からの転換を図り業界に新しい風を起こしていました。「業界初のデザイナーとの商品開発など、そんな父を尊敬していました」
松本社長は入社後、まずは地域の多くの職人さんを訪問、その話に素直に耳を傾けていきました。
「当時は、朝ドラの『ちりとてちん』で小浜は沸いていましたし、箸は毎日使うものだからこそ、いろんな見えない可能性を感じられて、ワクワク感しかなかったですね。知らないことばかりの20代だからこそ、地域の中に素直に飛び込めていけたと思います」
地域の人とかかわりあっていくことで、見えてきた地域産業が抱える課題。
入社後は、地域や会社にかかわっていくことで見えてきた地域産業が抱える課題にも積極的に取り組んできました。
「箸を作る工程で大量のおがくずが発生するのですが、捨てるしかなかったんです。そのおかくずを何とかアップリサイクルしたいと思い木質ペレットを開発、設備も整えました。自社のストーブの燃料として使用しています。このペレットを使って保育園でピザを焼いたりもしました」
と楽しそうに話される松本社長。現在、木質ペレット開発は、ペレット事業として事業化し一般販売も行い、一方で、地域の保育園や幼稚園になどにも提供しているそうです。
「また箸の端材である小さな木片、僕らは「ぺっちん」と呼んでいるのですが、それと箸を使う『ハシツミー』というゲームも開発しました。今はいろいろ撒いてきたチャレンジの種が、少しずつ芽吹いてきた感じがしています。お金という目に見える利益だけで考えればマイナスかもしれないですが、産地企業の姿勢としてできることは取り組んでいきたいですね。見えない価値は長い目でみれば、会社にとって大事な利益になっていくと思います」
若狭塗箸とGSHOEN。地域に愛される価値あるモノとして継続させていく。
産地問屋として伝統を受け継ぎながら商品企画やブランディングを進め、新たな会社の土台を作った先代社長。松本社長は、100周年を迎えるにあたり、次のステップとして「地域で産業を支えていくことが大切」と考えているそう。
「地元の西津地区にある福井県指定有形文化財『旧古河屋別邸(護松園)』。子どもの頃は、古くて凄いお屋敷で特別な場所というだけ印象でしたが、大人になってからは古さゆえに朽ちていく様子を見て寂しいなぁと。そんな時、市の文化課と話す機会があり、護松園活用の構想が始まったのです。3年前のことです」
現在、「護松園」は “みんなの別邸”GOSHOENとして活用されるようになりました。コーヒースタンドにくつろげるリビングルーム、ワークスペース、マツ勘の直営店があり、地域の人はもちろん、観光スポットとしても注目を集めています。
「近所の方が来てくつろぎながら昔の話をしてくれたりする一方で、ここを知って一緒に働きたいと就職した社員もいます。この場所を拠点に地域や業界、地元での雇用を考えていく、企業としての種まきをしていきたい。そして見える価値、見えない価値もしっかり考えながら、100年先を見据えて頑張っていきたいですね」
産地問屋として職人とのコミュニケーションを大切にしつつ、企業価値を高めることを大切に地域にも根ざしていく「マツ勘」と松本さん。若狭塗箸を“かけはし”した挑戦は、これからたくさん具現化されそうです。
株式会社マツ勘
代表取締役 松本啓典さん
1986年、小浜市生まれ。中学の頃から陸上(中距離)に目覚め、順天堂大学スポーツ健康科学部に進学。卒業後、実業団でも陸上を続け、ロンドンオリンピック(2012)の育成選手として活躍した。24歳でUターンし「マツ勘」へ、2021年に社長就任。プライベートでは二児の父親。4年前には「マツモトスポーツクラブ」を設立し、自身の経験をに伝える活動を続けている。
GOSHOENの直営ショップ。最近開発したHASHIKURA SEASON01は、箸蔵まつかんのある産地小浜市の色がテーマになっているそう。空、雲、風、夕暮、浜、海松といった、小浜のふだんの暮らしの中にある美しい風景から選ばれた、10色で展開。エーデパでも販売中です
大きな出会いとなった塗り箸職人の故的場政義さんのお箸。黒や赤の古典的な箸が主流だった中、的場さんは「若狭塗箸」にはない絵筆で描く「筆描き」技法を取り入れ、そこから生み出される色彩豊かな箸の数々は、どれも革新的だったとか。エーデパでも販売中です
GOSHOEN。庭を一望できる座敷にはソファが置かれ、ゆったりとくつろげる雰囲気。取材当日にはママがベビーとゆったりとした時間を過ごされていました
本社はGOSHOEN の1~2分のところにあり、社員の方にとって休憩時間のくつろぎの場となっています。このGOSHOENの存在は、理念を通してIターンや新卒雇用にもつながっているとか